2014年6月14日土曜日

【狛犬アルバム】金剛寺(東京都世田谷区中町)


 世田谷区中町は東急大井町線の北側に広がる豪邸街です。そんな中に金剛寺という真言宗の寺院がありました。2014年6月に訪問しました。

<設置されている場所>
薬師堂の前

<製作年>
不明




 本堂に向かう右側に薬師堂があり、その前に一対の古い狛犬がいました。台座に年号が刻まれておらず、かなり摩耗しており、いつ頃のものかわかりませんでした。ただこの蛙のような平ぺったい顔つきは江戸後期、1800年代はじめではないかと推測されます。ふさふさとした尻尾が台座にかかるように彫られているなど、しっかりとしたつくりです。


<設置されている場所>
門を入って左側

<製作年>
不明




 門を入って左側のうっそうとした場所にも一対の狛犬がいました。阿形は顔自体がほとんど剥落してしまっています。このような片隅に忘れられたかのように置かれているのはそのせいでしょうか。ただ、さきほどの薬師堂の前のものより、大きく立派な狛犬です。いわゆる江戸狛犬で、毛並みはふさふさとしていて、口元もふっくらとしています。阿形は前脚の下に珠を、吽形は子獅子を抱えているようです(これも多くが剥落してしまっていますが)。

 寺院の前の解説によると、「この地に土着帰農した吉良の遺臣粕谷遠江守が、・・・(中略)・・・金剛寺を創建し、一族の菩提寺とした。」とのこと。このあたりにはとても東京とは思えない豪邸が立ち並んでいましたが、粕谷姓が多く見られました。古くからの地主として粕谷一族は今もまだ健在のようです。


<基本情報>
金剛寺
東京都世田谷区中町2-20-11


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<関連サイト>
◆「お寺の獅子(狛犬)(世田谷区仲町2金剛寺)」(定年、これからの人生楽しみ探しの旅)
◆「ゴルフ橋のいわれ」(悠々自適) - 名字と言えば、この街には粕谷姓が多い。歩いて得られた知識によると、十六世紀末の慶長年間、この地で帰農した吉良(<注>参照)の遺臣粕谷遠江守の末裔の方々と思われる。そのほか宇田川、木村姓が眼につく。察するにこの一帯に古くから住む大地主の子孫一族であろう。一口に街の変貌とは言うものの、依然として変わらないものがあるのだ。・・・(中略)・・・<注> 吉良氏について― 鎌倉時代に成立した武士団。清和源氏足利義氏の長子、長氏(ながうじ)が、三河国吉良庄地頭職を名字の地として独立したのが始まり。代々の総領は足利一族の名門の地位を占めた。盛衰を重ねるうちに、室町中期、子孫の一部は武蔵国世田谷に拠って関東府に仕えた。ここでいう吉良氏はその一族である。総領系はその後に徳川家臣となり、吉良上野介はその子孫。