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2014年2月10日月曜日

【狛犬アルバム】日吉神社(福岡県福岡市博多区麦野)


 日吉神社は西鉄大牟田線雑餉隈駅の近くにある神社です。住宅街の中に、立派で大きな境内がありました。2014年2月に訪問しました。

<設置されている場所>
参道の途中

<台座の年号>
大正十二年(1923年)




 拝殿の前には一対の博多狛犬がちょこんとたたずんでいました。無骨ですが、彫りが深くしっかりとした作りでした。小さな豚鼻に横耳の愛嬌のある顔つきです。髭は左右にきれいに流れており、尻尾は生クリームを絞り出したような形で、大きく立ち上がっています。左が吽形、右が阿形と左右の配置が逆になっていました。向かって左の吽形は珠を左の前脚の下に置いています。小ぶりですが、筋肉質で力強さを感じる狛犬です。


<設置されている場所>
拝殿と本殿の間の横

<台座の年号>
不明




 拝殿の奥の左右にあった小さな石柱の上には苔むした古い猿像がありました。日吉神社の神使は猿です。

「【狛犬の仲間たち】1-5. 猿」

 向かって右側の猿像は小さな石の台の上に腰かけ、左脚を右手が握っています。向かって左側の猿像は脚を折りたたみみ、長い手で石の台を抱えていました。ともに苔むして摩耗していましたが、まん丸のくりっとした瞳にとても穏やかな表情をしていました。


<基本情報>
日吉神社
福岡県福岡市博多区麦野6-8-18


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<関連サイト>
日吉神社(神社探訪・狛犬見聞録)

【狛犬アルバム】地禄神社(福岡県福岡市南区井尻)


 地禄神社は、西鉄大牟田線井尻駅から徒歩3分の住宅地の中にある神社です。2014年2月に訪問しました。

<設置されている場所>
拝殿の前

<製作年>
大正十四年(1925年)




 住宅地の路地の突き当たりに小さな鳥居をみつけました。鳥居をくぐるときれいな境内にまっすぐに伸びる石敷の参道があり、その先の拝殿の前に一対の狛犬がいました。

 大宝神社型狛犬の流れを受け継ぐ博多狛犬でした。吽形が下唇をぐっとかみしめる表情などはまさに博多狛犬。顔をよく見ると、髭がドラえもんのように三本線がひいてあり、鼻の穴もまんまる、目の玉も描かれていていい表情です。阿吽の別は口元以外にはありませんでした。

 アップの表情はこちら。




<設置されている場所>
参道の途中

<製作年>
不明




 参道の途中には四角い石柱の上に鳩の石像がありました。口元は阿吽にはなっていないようでしたが、ちょこんと乗る様がとても愛らしかったです。鳩は八幡神社の神使とされているとのことですが、この神社との関係はあるのかどうかはよくわかりませんでした。

◆「鳩 ハト  八幡神社(応神天皇)の鳩」(神使の館) - 宇佐八幡神である応神天皇の神霊は、山頂の巨石から「金色の鷹」となって出現し、鍛冶の翁、三歳の童子へと変わり、後に「金鳩」に変じたとされる。また、宇佐八幡から岩清水八幡に分霊する際や、源氏が祈願した際に金鳩が現れたとされる。このような伝承から鳩が神使とされたと思われるが、漠然としていてはっきりわからない。

 ちなみに、正面の拝殿は神楽殿のようにすっきりとして、壁がない作りでした。かつては田畑の中にあって、ここで五穀豊穣の祭りが行われていたのでしょうか。境内は小さかったのですが、ごみ一つ落ちていなくてとてもきれいに整備されていました。地域の人々にとって今も大切な場所になっている神社に巡りあえると、とても嬉しいものです。


<基本情報>
地禄神社
福岡県福岡市南区井尻5-5-27


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<関連サイト>
地禄神社(神社探訪・狛犬見聞録)
地禄神社(神社探訪)

2013年10月19日土曜日

【狛犬アルバム】宇美八幡宮(福岡県糟屋郡宇美町)


 宇美八幡宮は、安産の神様として知られる神社です。「宇美」の地名も「産み」に由来しているとのこと。私も幼い頃、七五三で来た覚えがあるのですが、今回は姪っ子のお宮参りのために訪れました。2013年9月に訪問しました。

<設置されている場所>
一の鳥居の後ろ

<台座の年号>
昭和二年(1927年)




 大きな鳥居の先の少し階段になった場所に狛犬がいました。台座は高くわれわれを見下ろしています。大きな胸を張った護国系狛犬ですが、顔が小さく、平ぺったいのが特徴的です。たてがみや尻尾はそれほどのボリュームはありませんが、たてがみの跳ね気味の毛先の彫りが繊細で素晴らしいです。また、阿吽ともに首に瓔珞(ようらく)といわれる首飾りをかけていました。全体的にはシンプルな作りなのですが、ひとつひとつのパーツが細やかで洗練された狛犬です。

 台座には昭和二年(1927年)とありましたが、材質も違うことから製作された年とは異なるかもしれません。


<設置されている場所>
神門の前

<台座の年号>
昭和三十七年(1962年)




 この狛犬は一の鳥居の前にあった狛犬とほぼ同じデザインです。異なる点は体つきがやや太いこと、首をより参道側に傾けていること、たてがみや尻尾がやや大きいこと、瓔珞がないことなどです。眉毛や細かな歯など繊細な彫りが素晴らしいです。大きさはこちらのほうが小さく作られています。大きな垂れ耳なのですが、目玉が彫られていることもあってこちらを見つめられているような視線を感じます。

 こちらも台座には昭和三十七年(1962年)とありましたが、台座は材質も異なるため実際に造られた時期は一の鳥居の後ろの狛犬と同じ時期なのではないかと推測されます。


<設置されている場所>
神門の前

<製作年>
不明




 そしてその後ろには岡崎現代型の狛犬がいました。こんな近距離に面白みのない狛犬を置かなくてもいいのに、という気持ちになります。


<設置されている場所>
拝殿の前

<製作年>
不明




 拝殿の前にはおそらくこの神社でもっとも古いと思われる狛犬がいました。全体的にずんぐりとしていて、平たい顔に大きな垂れ耳です。たてがみや尻尾はシンプルです。吽形には角があり、京都でよく見られる型のようにも見えます。


<設置されている場所>
聖母宮の前

<台座の年号>
昭和十三年(1938年)




 本殿右奥の聖母宮の前には筋骨隆々とした、戦闘的な顔つきの狛犬がいました。福岡市の住吉神社や福津市の宮地嶽神社とほぼ同じ型のものです。石材の材質が同じようですし、もしかすると同じ石工の作品なのかもしれません。

台座には「福岡市 石彫刻 藤村三郎」とあったので、調べてみました。すると光雲神社の狛犬と同じ作者であることがわかりました。獰猛な狛犬を彫らせたらピカ一ですね。

◆「九州編」(狛犬のキモチ)


<基本情報>
宇美八幡宮
福岡県糟屋郡宇美町宇美1-1-1


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<関連サイト>
◆「宇美八幡宮公式ホームページ」(公式ホームページ)
◆「宇美八幡宮」(Wikipedia) - 神功皇后が三韓征伐からの帰途に応神天皇を産んだ地に、敏達天皇3年に応神天皇を祀ったのに始まる。「宇美」の地名も「産み」に由来するものである。
◆「宇美八幡宮」(神社探訪・狛犬見聞録)

2013年10月6日日曜日

【狛犬アルバム】宮地嶽神社(福岡県柳川市隅町)


 柳川の狛犬を巡る旅の最後は、三柱神社の隣にあった宮地嶽神社です。この神社では三対の狛犬に出会えました。2013年9月に訪問しました。

<設置されている場所>
参道の太鼓橋の前

<製作年>
不明




 参道の途中には、妙に四角い狛犬がいました。はじめは苔で緑になった石かと思っていたのですが、よくよくみると一対の狛犬でした。阿形は柱のようなものの上に前脚を置き、身をせりあげていますが、四角い石の原型がそのままうかがえます。逆に吽形は後脚を上げる構えの態勢をしていました。

 狛犬は四角い石を彫って形作るものですが、それをいかに石から切り出したという感じを与えずに、生き生きとした躍動感を与えるかが石工の腕の見せ所といえると思っています。それなのにこの狛犬は四角い石の角を落として、狛犬に仕立てたという感じがはっきりと見て取れてしまいます。技術的には稚拙と言わざるをえないのですが、それでもじっと見ていると、それはそれで面白いと思える味がありました。妙に四角い狛犬の顔つきはひょうきんにも感じられます。この後、本殿の裏に狛犬を見つけたのですが、阿形の顔の表情がよく似ていました。本殿の裏の狛犬(明治十三年のもの)をモデルに造られたのかもしれません。

<設置されている場所>
拝殿の前

<台座の年号>
<製作年>
昭和二年(1927年)




 拝殿の前には大きめのサイズの狛犬がいました。阿形には口の中に玉があり、ころころと動くように彫られています。昭和二年と比較的新し目のものです。シンプルな尾立て狛犬でした。


<設置されている場所>
本殿の裏

<台座の年号>
明治十三年(1880年)




 この狛犬にははじめ狛犬のような素朴な雰囲気がありました。吽形の団子鼻などは石膏のシーサーのような味わいもあります。明治十三年(1880年)と古いためか、残念ながら阿形の顔がかなり崩れてしまっていました。阿吽を比べると、阿形の顔のサイズがかなり大きくなっています。大きな顔に短い手足というアンバランスがいい味を出しています。とても愛嬌のある狛犬でした。

 柳川で出会った狛犬は大きな垂れ耳のものが多く、どれも愛嬌のある顔つきをしていました。柳川近郊で最も古いものは三柱神社のもので、その後は明治になってほかの神社でも狛犬が奉納されるようになったのだと思われます。


<基本情報>
宮地嶽神社
福岡県柳川市隅町22


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<関連サイト>
◆「宮地嶽神社」(神社探訪・狛犬見聞録)

【狛犬アルバム】三柱神社(福岡県柳川市三橋町高畑)


 三柱神社はかつて柳川を治めていた立花家ゆかりの三体の御神体が合祀されたことをその名前の由来とする神社です。2013年9月に訪問しました。

<設置されている場所>
楼門後の前

<台座の年号>
文政九年(1826年)




 実は三柱神社は、平成17年の火災により本殿を除く多くの建造物が延焼してしまいました。楼門も大半が燃えてしまい、今は骨格となる柱を残すのみなのですが、その手前の石階段の前に大きな狛犬が一対いました。

 大きなたれ耳につぶらな瞳をしています。額や頭頂部が小さく、口は大きいことから顔はおむすび型をしていています。全体的に丸みを帯びて、優しい印象を受ける狛犬です。吽形には角がある以外は阿吽の大きな差はありませんでした。


<設置されている場所>
本殿の前

<製作年>
文政九年(1826年)




 本殿の前にはブロンズ製の立派な狛犬がいました。サイズは中くらいでブロンズにしてはやや大きめです。神殿狛犬の系譜を次ぐデザインですが、大きな垂れ耳と阿形の頭には宝珠が、吽形の頭には角がある点が特徴的です。鬼のような顔つきに、眉毛と口の下のあご髭が渦を巻いています。ともに身体は向き合う形ですが、首は参拝客のほうに直角に傾けています。また前脚はまっすぐにピンと伸ばし、後脚も台座との接着面が広く大きな足です。なお、ブロンズの胴体に直接、奉納者や製作年等が刻まれていました。


<基本情報>
三柱神社
福岡県柳川市三橋町高畑323-1


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<関連サイト>
◆「三柱神社」(柳川市webサイト)
◆「三柱神社」(立花家十七代が語る立花宗茂と柳川) - 三柱神社は、平成17年6月3日火災により拝殿、廻廊が全焼、楼門も一部焼けるなどの被害がでましたが、幸いにして本殿は延焼を免れました。
◆「三柱神社」(神社探訪)
◆「三柱神社のジョンとリリー。(福岡・柳川)」(Basan World)

【狛犬アルバム】鷹尾神社(福岡市柳川市大和町鷹ノ尾)


 玉誰神社の次に向かったのは、神功皇后のゆかりの神社との言い伝えのある鷹尾神社です。2013年9月に訪問しました。

<設置されている場所>
楼門の中

<製作年>
昭和四十四年(1969年)





 鳥居をくぐると「神功皇后行啓遺跡」と石碑がありました。平安末期には、筑後一の宮「高良神社」の別宮(べつぐう)だったそうで、かつては有明海に近く海上交通の拠点として栄えていたことが伺い知れます。

 一対目の狛犬は楼門にいました。木造狛犬ですが、なんともビビッドな赤と青の彩色がほどこされています。阿吽ともに歯は金色に塗られており、身体には白い渦巻きのような模様が描かれています。阿形は伏せ耳、吽は横に立った耳をしており、尻尾は炎のようにゆらめきながら団扇のように広がっています。サイズは小ぶりなのですが、この塗り分けの印象は鮮烈で、とても印象に残っています。特に吽形の顔、たてがみ、尻尾、前脚の毛が赤で、胴体が青という塗り分けはすごいです。アバンギャルド狛犬とでもいうべきかもしれません。

 以下のウェブサイトによると、柳川市の手堀神社にも同じように真っ赤と真っ青に塗られた木彫り狛犬がいるようです。この赤青の塗り分けは柳川地方に独特のものなのでしょうか。とはいえ、昭和になってからのものなので、謎は深まるばかりです。

◆「手堀神社」(神社探訪・狛犬見聞録)
◆「狛犬その5【手堀神社・柳川市】」(近くの彼方から)


<設置されている場所>
本殿の横

<台座の年号>
大正?年(読み取れませんでした)




 本殿の横には肉付きの良い子犬のようなかわいらしい狛犬がいました。阿形のほうにはかつて赤い彩色があったような名残が見受けられました。はたしてこの狛犬もかつては真っ赤だったのでしょうか。


<基本情報>
鷹尾神社
福岡県柳川市大和町鷹ノ尾317


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<関連サイト>
◆「鷹尾神社・皇后軍をハムヤ舞とブリ料理で迎えたムラ人たち」(ひもろぎ逍遥)
◆「鷹ノ尾神社」(神社探訪)
◆「鷹尾神社 〜注目ポイントが目白押し!〜『神社・仏閣』 柳川市」(福岡よかとこ.com)

【狛犬アルバム】玉誰神社(福岡市柳川市大和町鷹ノ尾)


 柳川市は福岡県の筑後地方の都市です。詩人である北原白秋の出身地として有名で、現在は川下りなど水郷として知られています。そんな柳川市の狛犬を巡る旅は、水田の広がる西鉄中島駅から徒歩8分ほど北にある玉誰神社(玉垂神社)から始まりました。2013年9月に訪問しました。

<設置されている場所>
社殿の前

<台座の年号>
明治十年(1877年)(※)

※台座の写真を撮り忘れたため、記憶が頼りなのですが、少々自信がありません。




 のどかな田園地帯にあった小さな神社に、やや大きめの猫背の狛犬がいました。将棋盤のような小さめの台座の上に、前かがみに大きな身体をたたむ様子は、おとなしくなった子犬のようです。大きな目に団子鼻、そして足れた耳が可愛らしいです。たてがみはふさふさとしているわけではありませんが、耳の後ろに流れ、耳の下で三つの渦を巻いています。尻尾は立っていますが、身体の大きさと比べると小さめのサイズです。

 明治初期という時代に、この田園地帯にこの大きさの狛犬があり、なかなか洗練された様式であるということから、奉納した氏子たちも相当の想いを込めていたのではないかと思います。

 訪れた日は9月というのに34度を超える夏日でした。大きな樹木の日陰となった神社の境内では近所のおじいさん、おばあさんがゲートボールのようなゲームを楽しんでおり、とてものどかな光景でした。


<基本情報>
玉誰神社
福岡市柳川市大和町鷹ノ尾
※以下のGoogleマップ上では「白峯神社」となっています。


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<関連サイト>
◆「玉誰神社」(神社探訪)

2013年5月18日土曜日

【狛犬アルバム】筥崎宮(福岡県福岡市東区箱崎)


 筥崎宮は宇佐、石清水と並ぶ三大八幡の一つとされているそうです。福岡市民にとっては、1月3日の玉せせりと、9月の放生夜で有名です。福岡市地下鉄箱崎線の箱崎宮前駅を降りると、博多湾のほうから長く続く参道の途中に出ます。2013年5月に訪問しました。

<設置されている場所>
一の鳥居の前

<製作年>
大正十二年(1913年)




 筥崎宮では本殿のほうから数えて一の鳥居、二の鳥居と数えるそうですが、一の鳥居の両脇には立派な籠神社型狛犬がいました。同じく福岡市の福岡縣護國神社とほぼ同一のデザインです。

 鳥居をくぐって進むと立派な楼門が見えてきます。ここ筥崎宮では楼門の前で参拝することになっており、その先の本殿・拝殿のほうまでは入ることができませんでした。

 なお、楼門には「敵国降伏」と掲げられています。これは鎌倉時代の二度の元寇(文永の役/1274年、弘安の役/1281年)によって焼き払われた筥崎宮を再建する際に、亀山上皇が納めたものを、文禄年間に筑前領主小早川隆景が楼門を造営した時、謹写拡大したものと言われています。

◆「御祭神と由緒」(公式ホームページ)
◆「敵國降伏」(歴史の散歩道)


<設置されている場所>
東末社

<製作年>
不明




 東末社にはユニークな表情の台湾狛犬がいました。宮地嶽神社の末社である三宝荒神の前に置かれていた狛犬と似ていますが、サイズはこれよりやや大きめでした。


<設置されている場所>
西末社

<製作年>
大正五年(1916年)




 西末社には小ぶりな浪速狛犬がいました。台座には「大阪堂嶋濱」とありました。阿形のくわっと開いた口と吽形の口角のあがったにっとした表情がいいですね。たてがみや尾はホイップクリームを絞り出したような形をしています。横から見ると、頭が大きく胴体が小さめで、肉付きのいい子犬のような体つきも愛らしいです。

 後日、ネットで調べていると本殿の両脇にも中国風の迫力満点の狛犬がいたようです。これは気づきませんでした。むむ、残念。

◆「筥崎宮 本殿 楼門 の 狛犬? がすごい」(渕上清志 CLASSICS FUKUOKA / 肥前屋質店(予約制)) - 楼門の中の狛犬の写真。


<基本情報>
福岡県福岡市東区箱崎1-22-1


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<関連サイト>
◆「筥崎宮(箱崎宮)福岡市東区にある神社、筥崎八幡宮」(公式ホームページ)
◆「筥崎宮」(Wikipedia)
◆「筥崎宮」(神社探訪・狛犬見聞録)
◆「筥崎宮」(神の座す場所) - 楼門に掲げられた『敵国降伏』とは武力によって敵を降伏させるという意味ではなく、徳の力を持って導き、相手が自ずからなびき降伏するという、わが国のあり方を説いているそうです。

2013年1月6日日曜日

【狛犬アルバム】宮地嶽神社 その2(福岡県福津市宮司元町)

 その1からの続きです。

<設置されている場所>
左に折れた参道の途中

<製作年>
不明





 さらにその参道を少し進むと、マッチョ狛犬がいました。この力強い表情をと体つきは、福岡市内の住吉神社の狛犬に非常に似ています。異様なまでの発達した大胸筋と、くっと前を見据える視線の強さ。かなりの威圧感がありました。

<設置されている場所>
神門の前

<製作年>
昭和四二年(1967年)





 神門前には大きなブロンズ狛犬がいました。これは、櫛田神社水天宮で見た狛犬と同じタイプです。大宝神社型をベースに、細身で手足の長い、ドーベルマンのような狛犬です。福岡県内の多くの神社で見られるこのタイプは、昭和四十年台から五十年代にかけてよく作られていたようです。

<設置されている場所>
三宝荒神の前

<製作年>
不明





 宮地嶽神社には奥の宮八社と呼ばれる社があり、その中の三宝荒神には小さな狛犬がいました。サイズは高さが30センチ程度でしょうか。

 台湾生まれの狛犬のようで、中国狛犬の特徴のとおり阿吽の別はありません。ただ、向かって右の狛犬は口の中が彫られていませんが、向かって左は彫られているなど、通常とは違った彫り分けがありました。また、向かって右側の狛犬は手に団扇のような軍配のようなものを持っています。

 それにしても、向かって左の狛犬にじゃれつく子獅子が、親の首にかかった鈴に噛み付いている様子はなんとも可愛らしいです。

<基本情報>
宮地嶽神社
福岡県福津市宮司元町7-1


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<関連サイト>
宮地嶽神社(公式ホームページ)
境内のご案内(宮地嶽神社 公式ホームページ)
奥の宮八社 六番社 三宝荒神(宮地嶽神社 公式ホームページ)
宮地嶽神社前〜本殿(神社探訪・狛犬見聞録)
奥の宮八社めぐり(神社探訪・狛犬見聞録)
宮地浜(神社探訪・狛犬見聞録)
宮地嶽神社(Wikipedia)

【狛犬アルバム】宮地嶽神社 その1(福岡県福津市宮司元町)

 宮地嶽神社は、福岡の宗像地方にある神社で、日本一大きいと称される注連縄でも有名です。歴史は古く、創建は400年頃と言われています。福岡市内からのアクセスは、JR博多駅から鹿児島本線に乗り小倉方面へ。JR福間駅で降りると、駅からはバスが出ています。2013年1月に訪問しました。

<設置されている場所>
二の鳥居の前

<製作年>
不明





 宮地浜海水浴場の駐車場の横に鳥居があり、その前に一対の狛犬がいました。体つきは丸みがありやや筋肉質ですが、豚鼻でいい表情をしています。高良山愛宕神社の狛犬に雰囲気が似ていました。

<設置されている場所>
階段を登った参道鳥居の後ろ

<製作年>
昭和三五年(1960年)





 土産店や名物という松ヶ枝餅の店が立ち並ぶ参道を抜け階段を登ると、二対目の狛犬が現れます。阿形の口には玉がくり抜かれています。また、阿吽ともに目が金に塗られているところがかっこいいです。阿吽の彫りの差はほとんどないようです。尾が三つに分かれているのは特徴的かもしれません。

<設置されている場所>
左に折れた参道の途中

<製作年>
不明





 階段を登り、参道がやや左に折れて少し進んだところに三対目の狛犬がいます。伏せ耳、ギョロ目の浪速狛犬です。これも阿吽の彫り分けはほとんどありませんが、吽形の頭に角がありました。

<設置されている場所>
左に折れた参道の途中

<製作年>
不明





 参道を少し進むと鳥居の手前に小さな狛犬がいました。顔つきは博多狛犬の表情に近く、体つきは高良山愛宕神社の狛犬にも似たしっかりとした作りです。

 その2へ続きます。