2013年6月15日土曜日
【狛犬アルバム】新田神社(東京都大田区矢口)
新田神社は、南北朝時代の武将新田義興を祀った神社です。東急多摩川線の武蔵新田から続く商店街の途中にあります。2013年6月に訪問しました。
<設置されている場所>
境内の南側
<製作年>
不明
拝殿の左側にぽつんと相方を失った狛犬が置かれています。阿形のみで、吽形は戦災で壊れてしまったとのことです。かつてはこの狛犬が拝殿の前に置かれていたようです。
年代は不明ですが、全体の印象や眉毛や目の感じから江戸時代、1800年代中期のものではないかと推測されます。実はこの狛犬は「うなる狛犬」という伝説があります。そしてこの伝説には、この神社が祀る新田義興の悲劇的な最期に由来しているのです。
鎌倉幕府を滅亡に追い込んだ新田義貞の次男である新田義興は南朝側として、父と同じく倒幕の立役者の一人である足利尊氏の北朝側と対立していました。そして、正平十三年(1358年)、新田義興とその従者たちは、多摩川の矢口の渡し(現在の東京都大田区矢口)で謀略を企てた足利基氏家臣の畠山一族に謀殺されてしまいます。その後、無念の死を遂げた義興の怨念が矢口付近に夜々現われるようになったため、その御霊を鎮めるために新田神社が建立されました。そしてそれ以来、畠山一族とその血縁者の末裔が新田神社付近に来ると、きまって雨が降り、この狛犬がうなったというのです。
◆「新田神社について」(公式ホームページ)
しかし、これはあくまでも伝説であり、江戸時代に生まれたものと考えられています。狛犬のタイプとしても江戸時代のものですし、そもそも狛犬が一般的に参道に置かれるようになったのも江戸時代からです。liondogさんの研究によると、十八世紀終わり頃に作られた「神霊矢口渡」という人形浄瑠璃の演目にあやかって「うなる狛犬」という伝説ができたのではないかということです。
◆「うなる狛犬」(スマホ版)(liondogの勉強部屋)
◆「神霊矢口渡」(コトバンク)
ちなみに、この時に義興と共に討たれた従者たちは新田神社の近くの十寄神社に祀られています。こちらの神社にも魅力的な狛犬がいました。
<設置されている場所>
拝殿の前
<台座の年号>
昭和四十年(1965年)
拝殿の前に設置されている狛犬は岡崎古代型でした。よく見るタイプですがしっかりとした作りではありました。
<基本情報>
新田神社
東京都大田区矢口1-21-23
大きな地図で見る
<関連サイト>
◆「新田神社」(公式ホームページ)
◆「新田神社」(Wikpedia)
◆「新田神社の唸る先代狛犬と昭和狛犬」(狛犬 大田区の狛犬を訪ねて)
◆「「破魔矢」発祥の新田神社」(狛犬 大田区の狛犬を訪ねて)
◆「新田神社」(神社探訪・狛犬見聞録)
◆「うなる狛犬」(スマホ版)(liondogの勉強部屋)