2010年2月14日日曜日

【狛犬の歴史】10. 陶製狛犬の歴史

■10. 陶製狛犬の歴史
 ここまで、金属製の狛犬、木造狛犬、石造狛犬を見てきましたが、陶製の狛犬が作られた地域もありました。金属製の狛犬や木彫狛犬は貴族・豪族によって寺社に奉納されていたものでしたが、陶製狛犬は氏子や信者などの一般庶民が奉納したものがほとんどでした。神社に祈願やお礼のため絵馬を奉納する習慣は日本各地で古来からあったのですが、瀬戸や美濃のような窯業地では絵馬とともに陶製の狛犬を奉納する習慣が生まれました。そのほかの地域では陶製の狛犬はほとんど見られないようです。

 これらの陶製狛犬は鎌倉時代から江戸時代後期にかけて作られましたが、実物の獅子を見たことがない陶工たちは身近な犬や狼に姿を似せて作ったため、様々な表情や形態の陶製狛犬が作られました。鎌倉時代や室町時代のものは、胴体が長く、前脚がまっすぐ下へ延びており、足の爪は整然として、胸には衿毛がり、尾は単純な形のものでした。また、江戸時代になると奉納者の特注によって多様な形態のものが製作されるようになり、各地では奉納する神社の御祭にあやかり、狐や猿などに似た狛犬も作られるようになりました。

 陶製狛犬はそのほとんどが瀬戸・美濃のものでしたが、二つの例外がありました。一つは、岡山の備前焼狛犬です。姿は唐獅子風で、顔は獅子舞の獅子頭に似ており、蹲踞の姿勢で阿吽の形になっています。また、同じ陶製でありながら、瀬戸焼と異なり、1メートル以上もある大きさが特徴です。これは最初から参道に置かれるために造られたためと考えられています。しかしその大きさによって費用がかかるため、個人ではなく全氏子あるいは地位の高い人によって奉納されていたようです。このほとんどは幕末から明治にかけて造られたもので日本全国に分布しているのですが、次第に造られなくなっていきました。野外に置かれるために破損がひどく、制作費もかかるといった理由からかもしれません。もう一つは、陶器で有名な佐賀・伊万里の陶製狛犬です。伊万里では、江戸時代中期のほんの十年ほどの期間だけ「古伊万里焼赤絵狛犬」というものが作られ、神社に奉納されていました。