2010年2月14日日曜日

【狛犬の歴史】2. 仏教と獅子(インド)

■2. 仏教と獅子(インド)
 これまで見てきたように、古代オリエントで生まれた獅子は様々な文化とともに各地に伝播し、やがてシルクロードによってインドにもたらされていきました。そして紀元前326年頃にアレクサンダー大王はインドに侵入すると、東西文化の交流がいっそう盛んとなりました。紀元前268年、マウリア王朝のアショーカ王は仏教を守護し、仏教の聖地サルナートに記念石柱を建てました。この石柱は4頭の牡獅子が円盤上に乗り、東西南北を睨む構図となっています。このような様式はペルシャのペルセポリス宮殿(紀元前520年〜331年)にも見られます。

 インドではかつては多くのライオンが生息していたこともあり、獅子座の思想は受け入れやすかったのだと考えられています。このようにして伝わった獅子座の思想は、まずヒンドゥー教においてみられるようになりました。ヒンドゥー教では宗教的儀礼のための殿堂があり、そこにはシヴァ神やそのほかのさまざまな神々の像が置かれています。その中には獅子を踏みつける神や獅子にまたがる女神ドゥルガーの姿があり、シヴァ神を祀るヒンドゥー教寺院の本堂には、その両側に獅子を踏んだ女神が置かれています。

 紀元前5世紀頃に生まれた仏教では、当初は釈迦が神像を禁じていましたが、紀元後1世紀、仏教を保護したクシャーナ朝のカニシカ王がガンダーラへ遷都した頃から、仏像が作られるようになっていきました。この頃、仏像が作られたのは、ガンダーラとマトゥラーという二つの地方でした。ガンダーラではギリシャ神話の神々に似た姿で、マトゥラーではインド的な姿で作られましたが、ともに釈迦は獅子座に乗った姿で表されるようになっていきました。最初は仏像の台座の肘掛けから脚部が獅子をかたどっていたものとなっていましたが、やがて台座の下の左右と中央に獅子が彫り込まれるようになっていきました。また、釈迦如来(釈迦を仏として敬う呼び方)は獅子王と称し、仏は人中の獅子であるともされました。

 このようにしてインドで生まれた仏教に獅子座の思想が取り入れられると、やがてシルクロードと仏教という二つのルートで中国に伝わっていくことになります。