■5. 平安時代の狛犬
宮中や神殿内に調度品として置かれていた狛犬はそのほとんどが金属製(銅製)でしたが、狛犬が広がっていくにつれ、量産の必要性に迫られるようになったため、次第に仏師の手によって木彫りで作られるようになっていきました。また、当初は唐から輸入された獅子の姿を写していたものが、藤原文化の影響を受けて、徐々に柔和な雰囲気を持ち、くぼんだ目、細い胴、まっすぐに流れるたてがみ、揃った脚、地面におろした腰(蹲踞の姿勢、そんきょ)など、静かで日本的な姿となっていきました。この当時、神社などに新しく狛犬を寄進する際、その姿形は仏師たちの自由な完成にまかされていたようです。一方でこの時代には、まだ日本化されずに唐の影響を強く受けたままの狛犬も作られていました。
現存する最も古い狛犬は平安時代末期のものとみられる木彫りの狛犬です。この時代に狛犬を作る際には、有職故実という典儀によって色彩、形態などが厳格に守られていたようです。この中では獅子・狛犬に関して、「天皇から見て左(向かって右)が獅子と呼ばれ、口を開けており(阿形)、角がなく、色は黄色(金色)でたてがみが巻き毛」、「天皇から見て右(向かって左)は狛犬と呼ばれ、口を閉じており(ウン形)、角があり、色は白く(銀色)たてがみは直毛」という記録が残されています。この頃にはすでに後の獅子・狛犬にみられる特徴が確立していたことがわかります。この様式は京都御所紫宸殿の覧聖障子に描かれた獅子・狛犬の絵に見ることができます(描かれた年代は特定できていませんが、9世紀と考えられています)。